セブ島英語学習記録

フィリピンのセブ島における一ヶ月間の英語学習の記録などを綴ります。

坂井豊貴『社会的選択理論への招待』を読んだ

英語と関係ないです(てか僕既に日本に帰って来ちゃってます...)。

社会的選択理論への招待 : 投票と多数決の科学

社会的選択理論への招待 : 投票と多数決の科学

 

 まず一般的なことを書きます。 この本のテーマは社会的選択理論です。 対象読者は、一部の章を除けば、根性のある理系高校生以上といった感じです。 この分野は投票の集計方法を扱っているので、応用対象もわかりやすく、著者も憲法改正問題など同時代的な話題に後半で言及しており、熱い。理論面でも思想面でも、おすすめできるこの分野の最良の入門書という感じがする。まあそもそも、この分野の入門書の数自体がめっちゃ少ないわけですが...

 以下は備忘録。僕は特に集約ルールの紹介とそれが満たすべき条件を中心に記述された第1,3,4,そして5章を念入りに読んだのですが、そこでの議論をまとめておきます。MはMethodを、Cは満たすべきConditionを、そしてTは(必ずしも本文とは対応していない)Theoremを表します。

Ch1 問題の出発点
[M1] 多数決
[M2] ボルダルール
[M3] ペア比較(コンドルセの方法)
[C1] ペア全敗者を選択しない
[C2] ペア全勝者を選択する
[T1] 多数決はC1を満たさない
[T2] ボルダルールはC1を満たす
[T3] ボルダルールを含む任意のスコアリングルールはC2を満たさない

Ch3 ボルダルールの優越性
[M4] 決選投票付き多数決
[M5] 逐次消去ルール
[M6] 自由割り当てルール
[M7] 是認投票
[C3] 全員一致の原則(全員が同じ選択肢を1位として認める状況では、その選択肢を選ぶ)を満たす
[C4] 全員一致の指示を受けていることに最も近い選択肢を選ぶ
[C5] 平均得票率を(ペア比較に基づき、得票率という観点から有権者による指示の度合いを測ったもの)最大化する選択肢を選ぶ
[T4] ボルダルールはC4を満たす
[T5] ボルダルールはC5を満たす
[T6] C1を満たすスコアリングルールはボルダルールのみである

Ch4 政治と選択
[M8] 中位ルール
[M9] 独裁制
[C6*] 個々人の選好が単鋒性を満たす
[C7] 結果の逆変化が起こらない
[C8] 対戦略性(戦略的操作を起こすインセンティブが無い)を満たす
[C9] 満場一致性(他の選択肢に満場一致で負ける選択肢は、社会の決定とならない)を満たす
[T7] 中位投票者定理(C6*が成り立つとき、中位選択肢は必ずペア全勝者となる)
[T8] 中位ルールはC7とC8をともに満たす
[T9] C6*のもとでも、ボルダルールはC2を満たさない
[T10*] オストロゴルスキーのパラドックス(代表を選出する間接選挙を行なった場合と、個別の争点ごとに直接選挙を行なった場合では、結果が正反対になりうる)
[T11*] アンスコムパラドックス(個別テーマについてそれぞれ直接選挙を行なってさえも、過半数の有権者が「全体としては嫌な結果だ」と感じる事態が生じうる)
[T12] ギバート=サタスウェイトの定理(C8とC9を満たすルールは独裁制だけである)

Ch5 ペア比較の追求
[C9] 満場一致性(有権者たちが満場一致でxをyより高く順序付けるならば、社会的順序もxをyより高く順序付ける)を満たす
[C10] 二項独立性(もしx R(>) yが成り立つならば、x, yに関するペア比較状況が>と一致する>'については、同様にx R(>') yが成り立つ)を満たす
[C11] 非独裁制を満たす(独裁者が存在しない)
[T13] アローの不可能性定理(C9, C10, C11をすべて満たす集約ルールは存在しない)
[T14] もし集約ルールがC10を満たすならば、それは無為であるか、独裁者が存在するか、非独裁者が存在するか、のいずれかである
[T15] 単鋒性のもとでの可能性定理

第5章は不可能性に関する話題なので、それ以前の章における分析を通じて、 著者は最終的に中位ルールとボルダルールを使い分けることを薦めているようにみえます。 正確には、有権者の選好が単峰性を満たすのであれば中位ルールを、それ以外の場合には ボルダルールを、という使い分けのようです。

ところで、こうして並べてみると、以前読んだMathematics of Social Choice: Voting, Compensation, and Divisionとの違いがよくわかります。Mathematics of Social Choiceにおいて重視されていた集約ルールの性質を並べてみると、以下のようになります: 

[C1] The principle of one person, one vote
[C2] The principle of independence of candidate names
[C3] The no-weak-spoiler rule
[C4] The unanimity criterion
[C5] The requirement that precise ties be very unlikely when the number of voters is large
[C6] Monotonicity

このうち、C1とC2は有権者と候補者を平等に扱うべきというもので、坂井先生の本では 明示的に述べられてはいませんが、暗黙に前提とされているものです。 C4は、坂井先生の本における満場一致性と同じものです。 ということで、C3とC5、そしてC6がMathematics of Social Choiceにおいて重視されているものです。 これらを重視した結果、Mathematics of Social Choiceにおいては最善の集約ルールはBeatpath methodという ことになっています。 [C3]は、簡単にいえば、Smith setに属さない弱い候補者の除去が勝者の集合に影響を与えないという 性質で、これを満たす集約ルールはペア全勝者を選びとることが保証されます。 [C5]は、タイが起こりにくいという性質です。 [C6]は、ある候補者に有利な票の操作が、逆にその候補者に不利にならないということを保障する性質です。 こうした性質を重視した結果、坂井先生の本とは異なる結論となったわけです。

一方、坂井先生の本の独自性は第2章の最尤法の解説や、全員一致への近さという指標、 あるいは単峰性や結果の逆変化への考慮を背景とする中位ルール推し、というあたりでしょうか。

こうした基準のどれを重視するかで、使用すべき集約ルールもだいぶ変わってくるようです。素人的には若干confusingですが、この辺りで思想的な背景と関連してくるので、分野横断的になってきて面白くなりそうです。まだまだ勉強します。